テキストで見る人と実物との違い


切込隊長中川淳一郎も割りと好きで、ネット上での発言などテキストで監視しておるわけですが、切込隊長はいつも切れ味が良くとんでもなく賢くて、中川淳一郎はバカなんだけど、バカが突き抜けていて、バカから見た洗練された視点を持っていて、とにかく両方とも「かなわねえな」なんて思っていたわけです、個人的には。

で、その二人が生放送していたんで見に行ったんですよ。

そしたらやっぱり、テキストの印象と、「生」の実物の人間の印象ってやっぱ全然違うわけで、生の人間はやっぱし「あーいるいるこういうオッサン」ていう印象なわけです。で、何が言いたいかと言いますと、二人とも「フツーだね」というような事を言いたいんじゃなくて、このテキストと実物のからくる「印象の違い」って本当に面白いなと、純粋にそう思うわけです。

例えば昔、ネットをやり始めた10年くらい前は、ネットの罵詈雑言がすごく怖かった時期があるんですね。奴らモノを知ってるし、ハンパな知識じゃかなわねーし、揚げ足とられたらマジ終わりだ、くらいに思ってたんですけど、

例えば「殺すぞ」と書かれたテキストには、そのテキストから受ける印象ほどの「殺すぞ感」は込められずに書かれているわけです。せいぜい「こんにちわ」くらいの思いしか込められてない。論理立てて攻撃を加えるテキストも、幾度か推敲を重ねられ、グーグル検索を入念に行った上で書かれているわけで、じゃーそいつと対面で討論をすると、きっとそいつだってシドロモドロになるわけなんですよ。

テキストから受ける印象は、テキストが書かれた時に込められた想いと乖離することが多く、それがゆえにテキストが面白かったりもするわけですが、僕はなんというかうまく言えないのですが、その人が喋っている姿を「生」で見ますと、そのテキスト情報が今までの400倍くらい理解できるんです。なるほど、こういう人物が言っている言葉なのか。その人のもっと長い意味での文脈が分かると言いますか。

そんな事を感じた生放送でした。

それゆえテキストって摩擦を起こしやすくて、特にネットで起こるそういうタグイの摩擦は、本当に気持ち悪いから、こういう事実をちゃんと認識しておくべきだと思ったりするわけです。

平たく言うと、ネット上でテキストで固められた中川にはかないっこねえな、と思うけど、いざ見てみたら、お前突っ込みどころ満載だな、とそういう話ですね。

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