スーパーヒーローに会ったお話


super heroes :: on film

先日、とあるアスリートにお仕事でお会いする機会をいただきました。お仕事の関係でお会いした方なので、お名前を明かすことができず恐縮ですが、本当にとてつもなく僕の価値観を揺さぶられたのでブログに書いておこうと思います。

このお仕事のお話をいただいてから、事前にその方がテレビに出ている様子をYouTubeでチェックしたのですが、そのあまりの面白さに、もう一発で大好きになってしまいまして、このお仕事自体をとても楽しみにしていました。

その方は既にアスリートの現役は退かれているのですが、今も肉体を鍛え続けていて、その体力は衰えるどころか、年々増強されているそうです。

初めてその人にカフェで会った時、テレビで見た楽しそうな雰囲気は一切感じられず、その瞳は自分に厳しさを持つ鋭い眼光が宿っておりました。しかし時間が経つにつれ、ユーモアを含む聡明な印象と、自由奔放さをまとう子供のような雰囲気が溢れ出してきました。僕は自分が体を動かさないので、自分の肉体と戦うアスリートを無条件で尊敬してしまうきらいがありますが、僕は彼の存在にスーパーヒーローのようなものを感じてしまいました。一言で言えば、その考え方、生き方がかっこ良かったのです。

僕はどうしても彼の生き方を自分のものにしたくて、高校卒業以来動かしたことのなかったこの体を、初めて動かす気になり、実際に水泳を始めてしまいました。これは僕ではない皆さんには分かりづらいと思いますが、驚天動地のすごいことなんです。

しかし、人間そう簡単に変われるわけはありません。僕はどうしても、アスリートのように自分に強くなれません。やることが残っていても、睡魔に負けて寝てしまいます。

もう一度その人に会った時、僕は僕のスーパーヒーローにその事を話してみました。

「○○さん、僕は○○さんのように強くなりたいのですが、どうしても眠いときに寝ちゃうんですよ」

すると、そのスーパーヒーローは優しく笑った後、本当に優しくこういう言いました。

「いいんですよ。それで。そんなにすぐ何かが変われるわけがないんです。
 ただ、もし眠いと思ったら、その時、5秒だけ腕立てをしてください。
 5秒だったらできるでしょ?
 5秒だけと思えばできるはずです。
 今日5秒できたなら明日はきっと6秒できる。
 6秒できたら次の日はきっと7秒できる。
 僕はね、そうやって30年間生きてきたんです。
 30年それを続けてきて、やっと強くなれたんです」

僕はその時に、その言葉が含むとてつもないパワーを感じてしまいました。

よく努力するのも才能のうち、なんて事が言われていますが、僕はこのスーパーヒーローの言葉を聞いて、「努力できるのも才能のうち」というのが言い訳でしかない事をハッキリと認識しました。

どんな面倒くさがりでも、5秒の腕立て伏せは絶対にできます。
でも何でその5秒の腕立て伏せをすることができないのでしょうか。
5秒の腕立て伏せができないのは、面倒くさいからでもないし
努力する才能がないからでもない

ただ、たった5秒の腕立てが、世界を変えると信じる事ができないからなのです。

僕らは5秒の腕立て伏せが面倒くさいからやらないのではなく
5秒腕立て伏せをやったところで世界が変わらないとどこかで諦めているからできないのです。

彼はさらに力説してこう言いました。

「腕立て伏せを100回やったら金メダルを取れる『かもしれない』
 腹筋を100回やったら女の子にモテる『かもしれない』
 その『かもしれない』を信じられるか
 自分を信じられるかどうかが問題なんです」

イチローはすごい、小学校の頃から1日素振りを○○回続けて、野球の練習は雨の日も風の日も欠かす事無く毎日○時間やって、そんな『すごい努力』は僕には到底できない、努力できるのも才能のうちだ。

ではなく、

たった5秒の腕立て伏せが持つ可能性を信じられるかどうか
だと教えていただきました。

7月はありがたいことに沢山のお仕事があり、本当に死ぬかと思いました。
けれど僕は自分の人生を変えるかもしれない出会いがあった事を
本当に心から感謝したいと思います。

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