長野県からさらにトコトコと、新潟との県境近くの山間に入っていきますと、飯山市富倉地区という限界集落があります。深い雪をザクザクと歩いて行きますと、「え?こんなところに?」という場所に、一軒の食堂があるのです。まさに秘境の名店といった佇まい。
笑っちゃうくらいの豪雪を映像でどうぞ。
食堂というよりは、田舎のおばあちゃんの家。こたつと古めかしいストーブがある畳敷きの広間を食堂にして、おばあちゃんが一人でやっています。
はしば食堂のおばあちゃん丸山さん 3年前の取材時で85歳
小さな食堂ですが、幻の富倉そばを食べさせる店として、全国的に有名で、ここ数年は1日も客が途絶えたことがないそうです。だからおばあちゃん、ず〜っと休んでいないのです。今日はさすがに誰も来ないだろうというような雪の日も、必ず一組はお客が来るので、用意して待っているそうです。僕たちが行った日も、他に客のいないそんな日でした。
さてこの富倉そば。
この辺りは山の中で土地も痩せていて、冬になるとご覧の通りの豪雪地帯ですから、昔から食に難儀していたようです。蕎麦は取れましたが、つなぎに使う小麦がない。そこで自生していた「オヤマボクチ」という山芋の一種、これの葉っぱをつなぎに使いました。
葉のうらにものすごい繊維があり、この繊維を蕎麦に練り込んでつなぎにしたので、とにかく富倉そばはコシがはんぱじゃなく力強い。
そばにするのも大変で、弾力のある蕎麦ネタは、1m以上もある太っとい木の棒で、ゴンゴンゴン!と叩くように打つのです。これは富倉の女の仕事。富倉に嫁に来た女衆は、おばあちゃんから子供、孫へ、富倉のそばづくりを教えていきました。だからこの地区の女性は、みんな蕎麦を打つことができます。
毎朝、5時には蕎麦を打ち始める。
まるでバットのようなそば打ち棒を何度も何度もゴンゴンゴンと。これの打ち方がもう半端ない迫力なのですが、それに加えて蕎麦を絞める水は当然のことながら刺すような冷水。
80年近く、蕎麦を打ち続けてきたおばあちゃんの手は、その長い歴史を語っていたました。手の話をすると、恥ずかしそうに手を隠そうとするおばあちゃん。僕は「いい手だな」と思いましたが、うまく表現する言葉が見つからなかったので、そのまま黙っていました。
そうしましたら同行していたプロデューサーが、
「いやあ、おばあちゃん。働き者の手だね!」
と、なんとも爽快に言いやがったのです。なんとうまいこと言うのだろうと思いました。僕は、こういう言葉がすっと出る、褒め上手になりたいものだと思いました。
ちなみにこの富倉そば、何が幻かと申しますと、オヤマボクチを使った珍しさと美味さは当然ですが、冒頭にも述べました通り、富倉地区自体が限界集落になっており、こちらによりますと8世帯12人しかいないとのことで、そもそも打てる人がいなくなってきておりまして、そういう意味でも幻となっております。
ちなみに東京都内ですと、飯田橋に富倉そばを出すお店がありまして、富倉からオヤマボクチを取り寄せて、お店で主人が手打ちしております。こちらも大変美味しいです。
富倉そばについては、中国のテレビ局でドキュメンタリー番組として放映されましたのでこちらで見られます。ご興味のある方はぜひ。全編中国語ですが… おばあちゃんの喋ってることは分かると思います。