夢の中の芸術論


昨日、ずいぶんと珍しい明確な夢を見た。
今思い直しても、びっくりするくらい明確だったので、メモがてら書いておく。

僕は橋の上にいた。橋だったということだけ覚えている。
夢の演出にしてはとても珍しく「天の声」が聞こえた。
夢ってもっと曖昧で、もっと適当で、もっと唐突だけど、
昨日の夢は不思議と、
誰かが安い演出をしたかのように劇チックで明確だった。

天の声は先生のような存在で、
僕のオリジナリティを試しているようだった。

天の声が言う。

「不安を描いてみろ」

僕は絵描きじゃないけど、不安のイメージを描いた。
横線をたくさん書いて暗闇を作り、中から目が覗いてるのだ。
「横線」で暗闇を作るのにこだわっていた気がする。

天の声が言う。

「暗闇から目が覗いてるなんて、今まで何人が何回やったと思ってんだ!?」

最初は天の声らしい荘厳な声だったのに、
お笑い芸人みたいに突っ込まれたような気がする。

続けて天の声が言う。

「美しい時を描け」

僕は、1個目の失敗に対して
はっきりと自分のプライドが作用したのを覚えている。
何か「特別なもの」を描こうと。

水しぶきが見えてきた。逆光だった。
その美しい水滴の中、喜びに溢れた笑顔が浮かぶ。
光がキラキラして、とても美しかった。

「なめてんのか?」

芸人のような突っ込みで天の声が言う。

そして次の言葉で夢は突然終わった。

「お前が本っっ当に見たいものはなんなんだ?」

あまりにもメッセージじみていて
でも、あまりにも明確で
それが可笑しくて、起きてから夢を何度も何度も思い返している。

芸術については昔からいろいろと考えていて
というのは、僕は「芸術」というものが本当に分からなくて
「芸術」って一体なんなんだろうとよく考えてきた。

昨日の夢について、起きた後もしばらく考えていて
ふと思い至ったことがある。
僕らが「芸術」について受け取る情報は
ひょっとしてほとんどが芸術家本人ではなく
「評論家」から受け取ったものではないだろうか。

その情報は自分に変なプライドを与えていないだろうかと。
「特別であれ」と。
「誰もやったことのないものをやれ」と。
「オリジナリティを出せ」と。

ありきたりな言い方だけれど、もっと自由でよかったんだと
それを肌身に実感として感じられた夢だった。

昨日の夢は、めちゃくちゃたくさんシーンがあって豊作だった。

30年前に飼っていた犬も出てきたし
窓際でおじいちゃんとおばあちゃんが話しかけてくるシーンもあった。
そのどれもが唐突で、行き当たりばったりだったが、

でも際立って忘れられないのは
全員鬱病の15人家族がアルバイトを募集してたシーンだ。

友人数人で歩いていたら、どでかい白いトレーラーが止まっていた。
ちょうど横を通り過ぎる頃、後ろの扉が開いて
中から白に近い紫色の顔をした人がぞろぞろ出てきた。
目の下のクマもひどく、精神を患ってるのがすぐに分かった。
トレーラーの奥の方の暗闇には、
似たような顔がひしめいていて、大家族だというのも分かった。
多分15人くらいはいた。
「ああ、一人がひどくなると家族も悪くなるんだな」
なんてことを考えながら歩いていた。

その先頭を行くあんちゃんが看板を持っていて
黄色い背景に赤い文字というド派手さで
「アルバイト募集」と書かれていた。
他の色でも何か書かれていたが夢なのでよく覚えていない。
どうやら家族で何か経営しているらしかった。
いや、書いてて今ふと思い出した気がするけど、
全員鬱病で家事が回らないから、アルバイト募集してたのかも。

友人がその看板を見て笑いながら言う。
「誰があんなところで働きたいんだよwwww」

笑っていたけど、その時の僕はものすごい怖かった。
とにかくその薄紫色の顔が怖かった。

そしてまだぞろぞろと降りてくるトレーラーの頭上では
分厚く真っ黒な雲がかかっていて、今にも雨が降りそうだった。
僕は
「精神病の人が出てきて、黒雲がたちこめるなんて映画みたいだな」
と、マジで訳の分からない感想を抱いた。

思い返しながら

めちゃくちゃオリジナリティのあるシーンだなと思った。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です