手作り凧事変


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小学生の頃でした。

クリスマス会だったかなんだったか、当時、レクリエーションと呼ばれた、小学生にとって最も楽しいひとときのお話です。

教室の机を全部後ろに持って行き、大きなスペースにみんなが車座になりました。出し物があってみんなが笑ったり、特別にお菓子と飲み物が用意されていました。学校の教室で食べるお菓子は、非日常の頂点を極め、格別に美味しかったような記憶があります。

教室は折り紙で作った鎖みたいなやつで綺麗に飾られてて、黒板なんかは、絵心のある女子がえらく楽しそうなイラストを、普段は使わない色のチョークで彩っていました。

メインイベントはプレゼント交換でした。
それぞれが持ち寄ったプレゼントを交換しあうんですね。

10歳くらいだった当時の僕は、生きるのにいろいろと面倒くさいルールを持っていまして。そのうちの一つが『プレゼントは手作りでなければならぬ』というものでした。

皆さんに共感いただけるかはちょっと分かりませんが、子供の頃は、心の中に自分にしか分からないおかしなルールがありました。

もう一つ今でも思い出せるのは、当時の僕はお弁当を他人にあげてはダメでした。みんながおかずを交換しあっていても、僕は頑にその輪には入りませんでした。たまに友達が笑顔で交換しにやって来ると、僕は『あげられないんだよ』と言うしかありませんでした。あげたくないんじゃなくて、あげられなかったんです。それが決まりでした。もうぼんやりとしか思い出せませんが、何かを守っていたのです。

さて『プレゼント手作り原則』のお話に戻ります。

みんなが色とりどり華やかなプレゼントを用意する中、僕は昨日自分で作った凧を持ってきました。

竹ひごに薄い紙を綺麗に貼り付けて、まあ上手くできていたと思います。少し大きさがあったのでラッピングはできませんでした。みんなのプレゼントは手に収まる小箱で、ワクワクさせる色の包装紙に包まれていました。

その時、初めて僕はやっちまったことを認識しました。

あきらかに僕のプレゼントだけ、みすぼらしかったのです。

当時の僕は、ちょっとしたガキ大将的な感じでして、弱みを見せず、他人に対してガンガン言いたいことを言って、いきがっていました。

あまりにもみすぼらしいプレゼントを持つ僕を発見して、ライバルたちは、僕を攻撃するこの絶好のチャンスを逃しませんでした。

『うえ〜〜〜、あいつのプレゼントなんだあ〜〜?!?!』

『あれだけは嫌だああああ』

『がっはっはっはっは!なんじゃありゃあ!!』

これほどまで違和感のある物体になるとは想定していませんでした。

強がりの塊のような僕でしたが、さすがに心が負けそうになりました。しかし、プレゼント交換の方法は、さらに想像を絶する地獄でした。

車座になったクラスメイトたちが、ひとり一つ、誰かのプレゼントを持ち、音楽が鳴っている間、隣へ隣へと渡し続けるのです。音楽が止まった時に持っていたのが、自分のプレゼントとなるわけです。

僕の凧は、クラスメートの怪訝な表情を、そのみすぼらしい姿に集めながら、一人一人、ゆっくりと回っていったのです。

音楽は長かったです。

当然、僕の手も通り過ぎて行きました。凧に『すまぬ』と声をかけたと思います。

やがて誰かの手で止まったはずですが、もう僕は、止まった瞬間のことは覚えていません。

ただ、1人の女の子が『私、その凧もらう』と、本来自分の手にしたプレゼントとその凧を交換していたのだけを覚えています。

今思えば、ものすごい勇気のいる行為だったのではないかと思います。泥舟にわざわざ乗っかったわけですから。

きっと彼女の中には、僕に近い心のルールがあったのかもしれません。あるいは、僕が相当、哀れな姿をしていたのかもしれません。

僕は36歳になりました。今の僕は、手作りのプレゼントが他人に与える影響も、どのクオリティの手作りが好かれ、どのクオリティがドン引きされるかを知っています。いや、そもそも手作りプレゼントのリスクを知っています。

きっとこれは、大人になったということなのだと思います。

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